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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6394号 判決 1984年7月11日

原告

ノールドステルン・アルゲマイネ・

フェアジイシェルングス・アクチエンゲゼルシャフト

右代表者

ウィルヘルム・ファスベンダー

右同

デイター・ゾマー

右訴訟代理人

ローランド・ゾンデルホフ

牧野良三

加藤義明

被告

東方輪船株式会社

右代表者

宮田高治

右訴訟代理人

忽那隆治

伊東すみ子

坂本紀子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金12万5338.72マルク及びこれに対する昭和五二年八月一四日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (中国製白兎毛皮の売買契約の締結)

ドイツ連邦共和国フランクフルト市に所在する訴外コンラッド・ヤング・アンド・コンパニー(以下「訴外コンラッド社」という)は、中華人民共和国所在の訴外チャイナ・ナショナル・ネイティブ・プロードュース・アンド・アニマル・バイプロダクト・インポート・アンド・エクスポート・コーポレーション(以下「訴外チャイナ・コーポレーション」という)から、中国製白兎毛皮をCアンドF条件(運賃込保険料買手負担)にて買受けた。

2  (海上運送の委託)

訴外チャイナ・コーポレーションは、一九七五年(昭和五〇年)八月三一日、被告東方輪船株式会社(以下「被告会社」という)に対し、中華人民共和国上海からドイツ連邦共和国ブレーメンまでの間(但し、荷卸港は同国ハンブルグ港)、別紙船荷証券目録(一)ないし(七)記載の中国製白兎毛皮、純重量合計二万九三三八キログラム(二九五梱)(以下「本件積荷」という)の海上運送を委託(以下「本件運送契約」という)した。

3  (船荷証券の発行等)

被告会社は、一九七五年(昭和五〇年)八月三一日、その運航にかかわる汽船「カラ・キャリア」(以下「本件汽船」という)に本件積荷を船積みし、荷送人である訴外チャイナ・コーポレーションに対し、同日別紙船荷証券目録(一)ないし(七)記載の七通の船荷証券(以下「本件各船荷証券」という)を発行交付した。

4  (本件積荷の引渡等)

本件積荷は、ハンブルグ港で荷卸しされ、同年一〇月一三日にブレーメンに到達し、本件各船荷証券を所持していた荷受人たる訴外コンラッド社に、同日、引き渡された。

5  (損害の発生)

本件積荷が引き渡された後に検査されたところによると、本件汽船の同一船内にフルフロール液の入つたドラムカンが積み込まれていたため、このフルフロール液がドラムカンから漏出し、この液が気化して空気と混合し、同一貨物室に積み込まれていた白兎毛皮に作用して黄色く変色し使用価値の低下を来たし、本件積荷につき、金14万2880.4マルクの損害が生じた。

6  (被告会社の過失)

本来、フルフロール液は危険な液体であつて、他荷物とは隔離して積み込まれなければならないのであるにもかかわらず、白兎毛皮と同一貨物室に積み込み、また液の漏出を防止する等万全の処置を講じなかつたことには、被告会社の過失が存在する。

7  (損害の概況の通知等)

訴外コンラッド社は、本件積荷の引き渡しを受けた後、直ちに右積荷を開梱したところ、右積荷の白兎毛皮の一部が黄色く変色しているのを発見し、原告ノールドステルン・アルゲマイネ・フェアジイシェルングス・アクチエンゲゼルシャフト(以下「原告会社」という)と連絡のうえ、原因究明の調査を続け、一九七六年(昭和五一年)五月二八日、ドイツ羊毛研究所工学博士訴外ツアーン教授による損害原因と損害額の鑑定を得、さらに、同年九月八日、ドイツ動物毛材商訴外ブリアン・エフ・ミヒアエルによる同様の鑑定を得て、これに基づき、同年九月二二日、原告会社訴訟代理人弁護士は、被告会社に対し、国際海上物品運送法一四条の法定期限の延長を求めるとともに、書面により損害の概況について通知をなし、さらに、同年九月二八日、訴外コンラッド社及び原告会社から委託を受けたドイツ連邦共和国ハンブルグ在住弁護士訴外ドクトル・ブードリッヒは、被告会社に対し、書面をもつて右損害の通知をなした。

8  (予定保険契約の締結)

原告会社は、ドイツ連邦共和国の法によつて設立された法人で、保険業を営む会社であるか、同社が一九七二年(昭和四七年)六月六日、同国デュッセルドルフにおいて、訴外コンラッド社が同月二三日、同国フランクフルト・アム・マインにおいて、それぞれ署名をなして、訴外コンラッド社を被保険者とする、貨物の輸送に関する以下のとおりの包括的な予定保険契約(以下「本件予定保険契約」という)を締結した。

(一) 保険期間

一九七一年(昭和四六年)一二月三一日より一九七二年(昭和四七年)一二月三一日まで。但し、期間満了の三か月以前に書面により解約通告されない場合は満期後年毎に自動的に延長される。

(二) 被保険貨物

中華人民共和国の諸港から欧州諸港向けの羊毛、動物毛材及び剛毛の一切の輸入。

(三) 付保険危険

前項海上運送中に生じた損害のうち、海難事件における損害以外のすべての損害。

右保険契約の自動延長の結果、本件積荷の損傷が生じた時点においても同契約は有効であつた。

9  (予定保険の確定通知)

訴外コンラッド社は、原告会社に対し、本件予定保険契約に関し、以下のとおり、各確定通知を行つた。

(一) 一九七五年(昭和五〇年)九月一八日

(1) 積荷一三梱(船荷証券番号第五二一号)

2 右同二六梱(右同第五二二号)

3 右同七五梱(右同第五二七号)

(二) 一九七五年(昭和五〇年)九月一七日

1 積荷七五梱(船荷証券番号第五二四号)

2 右同二六梱(右同第五二五号)

(三) 一九七五年(昭和五〇年)九月三〇日

1 積荷三〇梱(船荷証券番号第五二三号)

2 右同五〇梱(右同第五二六号)

10 (保険金の支払)

原告会社は、本件予定保険契約に基づき、訴外コンラッド社に対し、本件積荷につき同社が蒙つた前記金14万2880.4マルクの損害のうち、金12万5338.72マルクについて保険金の支払いをなした。

11 (準拠法について)

本件予定保険契約の締結地は、ドイツ連邦共和国であるので、本件予定保険契約については、ドイツ連邦共和国法が準拠法となるが、同国保険契約法六七条によれば、保険者が保険契約者に損害を填補した場合は、その限度において保険契約者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得すると規定されており、原告会社は、保険負担額を支払つた限度で被告会社に対し損害賠償請求権を有する。そして本件各船荷証券による運送契約によれば、同契約による運送に関する問題については、日本法を適用すべきことが約定されているので、国際海上物品運送法等日本法が適用される。

12 (保険代位)

従つて、原告会社は、右訴外コンラッド社が被告会社に対して有する債務不履行に基づく損害賠償請求権を保険代位により取得した。

13 (結論)

よつて、原告会社は、被告会社に対し、債務不履行による損害賠償請求権の保険代位に基づき、金12万5338.72マルク及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年八月一四日から支払い済みに至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因事実に対する認否等

1  請求の原因1(中国製白兎毛皮の売買契約の締結)の事実は不知。

2  同2(海上運送の委託)の事実中、訴外チャイナ・コーポレーションが被告会社に対し、上海からブレーメンまでの間(但し、荷卸港、ハンブルグ港)、二九五梱の包装品の海上運送を委託した事実は認めるが、その種類及び重量は不知。

3  同3(船荷証券の発行等)の事実中、被告会社が、原告会社主張の日時に本件積荷を本件汽船に船積みした事実、被告会社は、本件各船荷証券を発行し訴外チャイナ・コーポレーションに交付した事実は認めるが、右船荷証券記載の積荷の種類、重量及び包みの数等の内容については、被告会社が、訴外チャイナ・コーポレーションの通告に従つて記載したものであるから不知。

4  同4(本件積荷の引渡等)の事実は認める。

5  同5(損害の発生)の事実中、被告会社が、本件汽船の同一船内の同一貨物室内に本件積荷と一緒にフルフロール液の入つたドラムカンを積み込んだ事実は認めるが、その余の事実は否認する。

6  同6(被告会社の過失)の事実は争う。

危険物の船舶運送に関しては、国際条約に基づく「危険物船舶運送及び貯蔵規則」が制定され、国際的な規準が定められているが、フルフロールは同規則により分類された「引火性液体類」の中の「可燃性液体」(引火点六五度C以下二七度Cをこえる液体)にあたり、「毒物」でも「腐蝕性物質」でもなく、「水または空気と作用して危険となる物質」でもないのであり、混載を禁止されるのは、火薬類のほか「酸化性物質」と「有機過酸化物」だけである(同規則別表一六「混載禁止表」)。

ところで、本件汽船は第一番船倉から第六番船倉を有する貨物船であるが、フルフロールのドラムカン(四一六個)は、第六番船倉の最下層に積み付けられ、その上に荷敷板を隔てて袋入りの雲母層(三五八〇袋)が積み付けられ、本件積荷である梱包された白兎毛皮の積載場所は、その雲母層の上のターポリン(薄いボール紙様のもの)を隔てた場所であり、他の貨物(羽毛及び雑貨)と共にそこに積み付けられていた。そしてその上部(第六番船倉の最上部)には、袋入りの繊維(七三五袋)と人毛(五四〇袋)が積載されていたのであつて、前記規則でフルフロールと混載を禁止されているような如何なる貨物も同一船倉内にはなかつたし、また、この第六番船倉は、機関室から二船倉隔たつており、熱気の影響を受ける船倉でもなかつた。そして、第六番船倉に積載されていた本件積荷以外の貨物は、ハンブルグ港及びロッテルダム港で全部無事荷揚げされており、それらの荷主からは、被告会社に対し、如何なる貨物損傷の通知もなかつたのである。

7  同7(損害の概況の通知)の事実中、被告会社が、原告会社主張の昭和五一年九月二二日になした損害の概況についての通知を同日頃受領したことは認めるが、その余の事実は不知。

8  同8(予定保険契約の締結)の事実は不知。

9  同9(予定保険の確定通知)の事実は不知。

10  同10(保険金の支払)の事実は不知。

11  同11(準拠法について)の事実中、本件各船荷証券によれば、同証券による運送契約に関する問題については、国際海上物品運送法を適用すべき旨定めている事実は認め、その余の事実は、不知。

12  同12(保険代位)の事実は不知。

三  抗弁

仮に、フルフロールの液体の蒸気によつて本件積荷である白兎毛皮が黄色く変色したものとすれば、本件積荷は、防水紙、プラスチック、ジュート布及び鉄帯より成る包装によつて荷造りされていたというのであるから、それにもかかわらず右蒸気で悪影響を受けるほど極度に敏感で特殊な性質を持つているのが白兎毛皮の特質であるということができ、荷主側(すなわち荷送人もしくは運送品の所有者またはその使用する者)としては、その積荷に相応しい気密の厳重な包装を施しておくべきであつたものであり、本件積荷の白兎毛皮が黄色く変色したのは、荷造りの不完全または積荷自体の特殊な性質から生じたものにほかならない。かような場合の損害については、国際海上物品運送法四条二項六号(荷送人もしくは運送品の所有者または使用する者の行為)、九号(運送品の特殊な性質)及び一〇号(運送品の荷造りまたは記号の表示の不完全)により、被告会社に責任はない。

四  抗弁事実に対する認否

争う。

第三  証拠<証拠>

理由

一本件売買契約及び運送契約の概況について

1  <証拠>によると、請求の原因1(中国製白兎毛皮の売買契約の締結)の事実が認められる。

2  同2(海上運送の委託)の事実中、訴外チャイナ・コーポレーションが、被告会社に対し、上海からブレーメンまでの間(但し、荷卸港、ハンブルグ港)、二九五梱の包装品の海上運送を委託した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。

3  同3(船荷証券の発行等)の事実中、被告会社が、一九七五年(昭和五〇年)八月三一日、本件積荷を本件汽船に船積みし、同日訴外チャイナ・コーポレーションに対し、本件各船荷証券を発行、交付した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>により、これを認めることができる。

4  同4(本件積荷の引渡等)の事実は当事者間に争いがない。

二損害の発生及びその原因に関する鑑定について

請求の原因5(損害の発生)の事実中、被告会社が本件汽船の同一船内の同一貨物室内に本件積荷と一緒にフルフロール液の入つたドラムカンを積み込んだ事実は当事者間に争いがなく、また、請求の原因7(損害の概況の通知等)の事実中、被告会社が、一九七六年(昭和五一年)九月二二日ころに、原告会社訴訟代理人弁護士から、書面により損害の概況についての通知を受領した事実は当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、訴外コンラッド社は、本件積荷の引き渡しを受けた後、右積荷を開梱したところ、白兎毛皮の一部が黄色く変色して損傷しているのを発見し、一九七六年(昭和五一年)五月二八日、ドイツ羊毛研究所工学博士訴外ツアーン教授による織物科学に関する鑑定を依頼し、その鑑定事項は、「本件積荷である中国産白兎毛皮が黄褐色に変色している原因と、その後に、変色の原因が梱包が運送中に濡れたので、その包装材として使用した紙に原因があるのではないかとして、変色した白兎の毛皮の色素と、紙の色素が同一か否かについての鑑定」を求めたところ、鑑定人は、「白兎の毛皮の変色した原因は、包装材料によるものではない」との趣旨の鑑定書を提出してきたこと、更に、同年九月八日に原告会社は、ドイツ連邦共和国の動物毛材商である訴外ブリアン・エフ・ミヒエルに対して「(1)中国製白兎毛皮(モヘア)は何によつて損害を受けたか。(2)損害を受けた量はどれほどか。(3)この損害による価値減少はどれほどか。」の三点につき鑑定を求め、同鑑定人は、白兎毛皮の一部に黄色く変色していることを認め、その原因として、(1)については「損害の原因は実験所における化学検査によつてのみ確認可能であること(中略)、フルフロール・ガスによる試験を行うよう、実験所に委託されることをおすゝめします。」(2)の損害量の査定については、「損害の割合は22.5パーセント」を前提にするとし、更に(3)の価値減少については、「区分け費用、漂白の労賃、漂白による価値減少、変色した品についての金利、保管料等」を合計し、本件積荷につき、金14万2880.4マルクの損害と鑑定し、その旨の報告書を提出してきていることが認められる。

三準拠法等について

そこで、次に本件に関する準拠法等について検討する。

<証拠>によると、本件における船荷証券の裏面には、次の趣旨の約款(原文は英文である)が印刷されている。その趣旨は次のとおりである。

『第1条 準拠法。一九二四年八月二五日ブリュッセルに於て署名された船荷証券についてのある規則の統一に関する国際条約に含まれているヘーグ規則を合体した一九五七年六月一三日付の日本国国際海上物品運送法は、本船荷証券によつて証される契約に適用される。ただし、本船荷証券が発行された国において、前記規則に基いて立法された国内法が存し、本船荷証券によつて証される契約はその法律に従うべきことが要求されている場合は、その国内法により適用される同規則がその法律の要求する範囲内で本船荷証券により証される契約に適用される。本証券のいかなる部分も国際海上物品運送法又は制定法に基く権利もしくは免責の運送人による放棄又は責任もしくは義務の加重とは見做されず、また、運送人もしくは本船(船舶)に対し何れかの国の法律で与えられる法的保護又は責任の免除もしくは制限の利益を運送人が主張することを妨げるものではない。

本船荷証券の何れかの部分が国際海上物品運送法又はその他強行法として適用される法律の規定に違反する場合は、違反の限度においてその部分のみが無効となり、他の部分には及ばないものとする。

第2条 裁判管轄。本運送契約に基くすべての訴は、本証券において別の規定がされていない限り、日本法に従い日本の裁判所に提起さるべきものとする。

第3条 責任の期間。運送人の責任は、物品が本船のタックル(索具)に掛けられたとき、本船のタックル(索具)が使用されない場合は、何等かの他の方法で物品が本船に船積されたときに開始するものとし、物品がタックル(索具)からはずされたとき、又は同様にして本船から離れたときに、絶対的に終了するものとする。

船積前及び荷揚後において運送人の保管下にある物品は、本船からの又は本船への継送中である場合、船積み待ちの場合、陸揚中ないし倉庫保管中あるいは運送人その他の者の貯蔵船又は船舶におかれている場合、全運送の何れかの過程で積替待ちの場合、その何れの場合であると問わず、荷主のみの危険において保管されているものであり、運送人は、如何なる理由によつて生じたものであれ物品の如何なる滅失、損傷、遅延に対しても、責任を負わない。

〔第4条から第16条まで省略〕

第17条 破壊しやすい物品。割増運賃を課する契約がそのためにされない限り、特別の積付は提供されないものとする。荷主は、船積の前に、破壊しやすい物品があれば通告し、特別の積付を手配すべきものとする。その通告がない場合は、荷主は、その物品の損傷又は滅失及びその物品から生ずる損傷又は滅失の危険を引受けたものとし、運送人は如何なる責任も負わず、荷主に対する求償権を有するものとする。

〔第18条から第28条まで省略〕』

そうすると、本件運送契約上の法律関係については、法例七条第一項によると右船荷証券に記載されてある国際海上物品運送法と船荷証券の各条項によつて規律されると解すべきである。

そこで、まず国際海上物品運送法について検討してみるに、当事者間に争いのない事実として、本件積荷に関する運送契約の内容が、その積荷港は、中華人民共和国の上海市であり、その行先は、ドイツ連邦共和国ブレーメン市(但し、荷卸港は同国ハンブルク港)であり、その間の海上運送の委託をなしたものである。右事実からすると、本件は、いわゆる船舶による物品の運送であり、その積荷の船積港及び陸揚港がいずれもわが国の外にある外国港間の運送であることが明らかである。かかる場合の国際海上物品運送法の適用の有無について、同法一条の解釈上学説上争いがあるが、当裁判所としては、かゝる場合においても当然同法の適用を受けるものと解する。

そうすると、本件運送契約に関する準拠法は、まず、船荷証券の裏面に記載してある約款と国際海上物品運送法によるべきものと解することができる。

そこで、次に右船荷証券に記載してある約款に従つて、本件について検討してみると、右の約款の第三条によると、運送人たる被告会社の責任の期間は、運送する物品が本件汽船のタックル(索具)に掛けられたときから責任が生じ、右物品がタックルからはずされたとき(タックルが使用されないときは、何らかの他の方法で物品が本件汽船に船積みされたときから開始し、その物品が本件汽船を離れたときまで)に絶対的に終了するとされ、その責任は限定され、船積前及び荷揚後の物品の損傷等につき運送人たる被告会社は責任を負わないとされていることが認められる。

ところで、原告会社は、本件積荷の白兎毛皮の一部が黄色に変色していたとして、その損傷について、「本件汽船の貨物室内でフルフロール液がドラムカンから漏出し、この液が気化して空気と混合し、本件積荷に作用して発生したものである」と主張するが、本件全証拠によつても、右損傷が、船積後荷揚前に発生したと認められることはできず、右損傷がそれ以前またはそれ以後に発生したとする可能性も否定できないのである。また、フルフロール液の蒸気によつて本件積荷の損傷が生じたものと認めるに足る証拠もなく、かえつて、<証拠>によれば、本件積荷と同一貨物室に積み込まれてあつたフルフロール液については、その性質が、滲透性の不快臭のある無色の液体であり、空気及び光線により赤褐色に変色するものであることから、運送については、耐酸びん、金属かん、鋼その他の金属製ドラム、木樽等で気密に密封すること、積載方法は、旅客船以外の船舶にあつては、甲板上積載(中略)倉内熱気隔離積載の方法によるように危険物船舶運送及び貯蔵規則に規定されていることから、本件におけるフルフロール液の積載については、十分に意を用いていたこと、そして、本件積荷は圧縮してビニールカバーを掛けた上、布の袋につめてその上から鉄のベルトで締められ、エンジン室から一番遠い第六番船倉に、フルフロールのドラムカン(四一六個、最下層に置かれた)等と共に積み付けられ、フルフロールの蒸気は空気より重く、またフルフロールと他の物品との境界にはターポリンペーパー(薄いボール紙様のもの)等を敷いて水蒸気を遮断していたこと及び右六番船倉には、本件積荷の他に人毛や羽毛も積載されていたこと、しかし、右のそれらの積載物については損傷等の被害通知が全くなかつたことが認められ、以上によれば、本件積荷の損傷はフルフロールガス以外の原因で発生したのではないかとも推測されるのである。

従つて、右によれば、本件積荷の損傷が被告会社の運送に関する債務不履行によつて生じたものとは認定することはできないので、原告会社の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四損害の概況の通知について

前記三で認定した通り、本件積荷の損傷は、本件汽船の同一船内の同一貨物室内に積み込まれたフルフロール液の蒸気が作用して発生したものとは認められないのであるが、この点は一先ずおいて、次に損害の概況の通知について判断するに、本件運送契約については国際海上物品運送法が適用されると解されるところ、同法一二条によれば、「荷受人又は船荷証券所持人は、運送品の一部滅失又は損傷があつたときは、受取の際運送人に対しその滅失又は損傷の概況につき書面による通知を発しなければならない。ただし、その滅失又は損傷が直ちに発見することができないものであるときは、受取の日から三日以内にその通知を発すれば足りる。前項の通知がなかつたときは、運送品は、滅失及び損傷がなく引渡されたものと推定する。」旨規定されている。

そして、右の通知の効果として、右条文の反対解釈によれば、正規の通知があつた場合には、かゝる推定は生じないこととなるのであり、従つて、損害賠償の請求があつた場合に、運送人がその責任を免れようとすれば、右法律の原則に従い、自己又はその履行補助者に過失がなかつたことを立証しなければならないのである。

ところで、前記のとおり、被告会社が、一九七六年(昭和五一年)九月二二日ころ、同日付の原告会社訴訟代理人弁護士から書面による損害の概況についての通知を受けたこと及び一九七五年(昭和五〇年)一〇月一三日に、本件積荷が訴外コンラッド社に引き渡されたことは当事者間に争いがなく、前記原告会社から被告会社への通知は、運送品の受取り日から、一一か月以上も経過した後になされたものであり、国際海上物品運送法一二条一項本文は、運送した積荷に関して「現われたる瑕疵のある場合」について規定し、同項但書は、積荷に関して「隠れたる瑕疵のある場合」についての規定であることと、同条二項が通知がなかつた時の効果を規定する趣旨から考えると、原告が主張する本件における通知は、不適法であるというべきである。

そして、訴外コンラッド社ないし原告会社から被告会社に対し、他に国際海上物品運送法一二条の通知に該当しうるような遅滞なき通知をなしたことを認めるに足りる証拠は全くない。

従つて、右によれば、本件積荷は滅失及び損傷がなく荷受人に引き渡されたものと推定され、右推定を覆すに足りる証拠は存在しないので、この点からも被告会社の債務不履行責任は認められず、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の本訴請求は理由がない。

五以上によれば、原告会社の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小野寺規夫 田中哲郎 山田敏彦)

船荷証券目録<省略>

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